日本文学に触れるひと時

ひとり文芸ミュージカル 静-shizu-

原作/夏目漱石著「こころ」  「文学に触れる秋のひと時」

ひとり文芸ミュージカル『静−shizu−』は再演を重ねるたびに成長しています。
あの観た者の心を捕らえて離さない不思議な魅力!
美しい日本語を、歌うように語り、語るように歌う難しい役どころは、これがデビュー作の源川瑠々子(みながわるるこ)。
個性的な歌唱が、耳に心地よく響く。
文学に触れるひと時を、お楽しみください。

演出家 神尾憲一より(2003年プレビュー公演にあたって)

明治にあこがれるのは、なんとなくインテリで高級で躍動感があるから。
明治の香り、明治の息吹、明治の開化、明治の文学。
例えば鉄道。例えば赤レンガ。上流階級に銀座といったところか。何ともハイカラで素敵な時代だ。
そして明治末期、ついに夏目漱石の「こころ」が生まれた!

この傑作小説「こころ」を読んだ者は必ず経験する。そう、それが漱石モード。
二、三日明治にかぶれて自分の周りがすっかり明治時代に見えてきて明治男というものはこう物事を複雑に考えるのがいいとか、それにしても先生はどうしてこんなに面倒な精神構造になってしまったんだろうか、先生が幸せになったら友人Kも本望だったんじゃないのか?とか。いや、この心の傷こそが明治を生きる男なんだろうと憧れたりと、いろいろ思いにふけったりするのだ。自分の体験からいって。

ところが最近、久しぶりに「こころ」を読み返してみて、以前とは違った世界観に気付き、また新たな疑問を抱いた。
自分自身が変化したのかどうなのか、どうしても「こころ」のヒロインの扱われ方に納得がいかなくなってきたのだ。
親友同士の先生と友人K、ふたりの人生を狂わせた女、静。自分は彼女こそが、「こころ」のヒロインであって最大の犠牲者だと思うのだが、そうにしては文中あまりにも描かれていない気がした。
まあほんと言うと、自分は何が明治女らしいのかがわかっていないのだから仕様がない。今まで静の存在に気付かなかったのも、普通に読めば先生に尽くす良い女房なのだから別に問題もなかったし、それどころか自分に都合のいい理想の女性像を描いていたともいえる。
しかし今は違う。静が何者なのか気になって仕方がない。あまり描写がないのはなぜだろうか?彼女がどんな女なのか説明しないところに意味はあるのか?ないのか?
謎は深まり、結局もしかするとこれが噂の男尊女卑か!女性蔑視か!と、その辺で何とか納得しようとも思ったが、どうもやっぱり解せない。

「こころ」の世界は恋愛と嫉妬と絶望を男たちだけで語って行くが、ある時、静は書生にこう切り返す。
「そりゃ女だから、私にはわかりませんけれど。」
なんだ?と初め困惑したが、次の瞬間、こりゃあ面白いセリフだ、そうかなるほど!女だからわからないのかと段々に痛快な気分になってきた。すごいな静と男尊!
なにしろ今どきの教育では、男女平等が当り前だから『女だからわからない』なんて言ったら、ひどい言い訳とされてむしろ非難されるに違いない。それこそ、女たちから非難されるだろう。
しかし何なんだろうか、何とも心地良い静の一言。しかもその一言は文中で絶妙のタイミングで発せられる。
「そりゃ女だから、私にはわかりませんけれど。」と、頑固で頑丈な書生の精神さえも納得させ、それどころか書生の心を掴んでしまう。
静曰く、「ねえ。」と、得意の口癖捨て台詞。
ん〜、いい響きだ!是非静さんと話がしてみたい。
自分の中に無性に静に対する興味が沸いてきた。
静さんに質問したいこと。
すぐに心がゆらゆらゆれる、現代人をどう思われますか?(特に最近の女の人)
わけのわからん先生を最後まで愛していらっしゃったんですか?
結構先生弱ってたと思うんですが、気づかなかったんですか?
いつも、泣いてばっかりいたんですか?
旅行には、どの辺に行かれたのですか? etc・・・・・・・。
と言っても、小説の中の架空の人物。憧れようが惚れようが何しようがこの世にいない・・・。
大体、夏目先生省略しすぎですよ!静さんを。
悶々としている内に明治女について、さらに興味が広がりその日から調べに調べた。

・・・・・・・・・・・・・・そして見えてきたモノ。
明治の女性たちのズルさ、シタタカさ・・・・・・・。
だって、一応男は立てるが裏で何を言ってるかわかったもんじゃない!ともすれば、女の顔の使い分けで成り立ってたんじゃないのか、明治時代って。(どうやらそんな話が沢山出てきたし・・・)
何しろ明治の女は結婚相手自分で決められないんだから。そりゃ男に求める価値観だって相当違うはず。名誉とか家とかが大事に決まってる。あと金かな・・・。
そして、いやーなことに気がついた。
待てよ?明治に限ったことじゃないだろうそれは。それこそ始めっから、時代なんか関係なくて男と女の関係は、昔からズ−っと女の手の中にある、男は。(この辺は深い話なので省略。)
しか−っし!我等が静さんがそんな女のはずがないのである。

結論!
妻、静を中心に「こころ」の世界を観てみたい。何よりも、この手ごわそうな女、静に会ってみたいと。
誰も触れたことのない世界かもしれない・・・、或いは誰も触れなかった世界なのかもしれない。
無謀な興奮と期待に暴走しながら、今回この作品にチャレンジすることにした。
先ず、静をより強く浮き彫りにするために一人舞台にした。
原作の静の言葉をできるだけ引用して静の日常を再現し、そこに明治を生きた妻の姿を描こうと思う。
静一人だけの世界。それを観た観客に問いたいのだ、静の日常が今の男の心と女の心にどう響くのか。
静の心こそ、「もうひとつの、こころ」。
自分が期待していることはただ一つ。そこに「こころ」はあるのか?だ。

(2003年)